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10月10日は[十・十空襲1の日」です。

おはようございます。新しい朝を迎える事が出来て心から感謝します。

台風19号:最大瞬間80メートルに発達 週末、本州に接近しているそうです。

上陸時は最大瞬間風速60m/s予想

 台風は明日10日(木)朝の時点でも猛烈な勢力を維持する予想です。

 このあとは進路を少しずつ北寄りに変えて、12日(土)から13日(日)早朝に東海から関東にかなり近づき、上陸するおそれがあります。

充分は台風対策をお願いします。

★お墓の仕事が与えれていることに感謝して一日をすごさせて頂きます

宜野湾市の今日の天気は最高気温32℃最低気温28℃降水確率20% 

10月10日「十・十空襲の日」です。

住民を巻き込んだ地上戦で、20万人を超す死者が出た「沖縄戦」。その沖縄での戦争の始まりは、1944年10月10日の「10・10空襲」でした。

炎上する那覇市港湾施設。台湾・沖縄攻撃の際に、空母フランクリン(CV-13)の艦載機から撮影。(1944年10月10日撮影)

くにちゃん
十・十空襲(じゅう・じゅうくうしゅう)または沖縄大空襲(おきなわだいくうしゅう)[1]は、太平洋戦争後期の1944年(昭和19年)10月10日南西諸島の広い範囲でアメリカ海軍機動部隊が行った大規な空襲
空母ホーネット (CV-12) 甲板上で、暖機運転中のF6F-5機。同機には、南西諸島攻撃用のロケット弾が搭載。(1944年10月10日撮影
F6F機。沖縄攻撃の準備のため、空母エンタープライズ(CV-6)の甲板上で弾薬が装備されているところ。点検され、翼にある銃器に50口径の弾が充填されている。(1944年10月10日撮影
それまで平穏だった沖縄アメリカ軍の機動部隊が襲い、のべ1,400機の艦載機軍事施設から住宅まで無差別に爆撃と機銃掃射を加えたのです。

空母バンカーヒル(CV-17)から出撃したSC2B機。沖縄本島へ爆撃に向かうところ。撮影機材:K-20カメラ。(1944年10月10日撮影

みーちゃん
所在の日本軍艦船などに甚大な損害を与えるとともに、那覇市の市街地の大半が焼失するなど民間人にも大きな被害が出た。那覇市の空襲被害を特に那覇空襲と呼ぶこともある

第38機動部隊による南西諸島への攻撃。空母ハンコック(CV-19)の艦載機による攻撃で炎上する沖縄本島の飛行場施設。(1944年10月10日撮影)

那覇の町の9割が焼失し、5万人が焼け出されました。その後何度も空襲が繰り返され、翌年の3月にアメリカ軍が50万人もの勢力で沖縄に侵攻してきたのです。

炎上する那覇市港湾施設。台湾・沖縄攻撃の際に、空母フランクリン(CV-13)の艦載機から撮影。(1944年10月10日撮影)

平和の暮らしがいつまでも守られます様に祈ります。

今日は、多くの犠牲を出した10・10空襲の犠牲者の冥福をお祈りしながら一日を過ごさせて頂きます。